長野県にセンセーショナルを。元東京Vスタッフ・福田裕一が抱く野望
東京ヴェルディの黄金期をスタッフとして支え、一昨年に長野県で約20年ぶりの現場復帰を果たした福田裕一氏。前編ではそのキャリアに焦点を当てたが、後編では長野県のサッカー界で成し遂げたいことを深掘りしていく。
中野で実践した答え合わせ。20年前と変わらぬ根幹
2021年11月から、長野県中野市にある社会人サッカークラブ・中野エスペランサのU-15コーチを務めることとなった。東京ヴェルディのスタッフとしてキャリアを積んできた福田氏にとって、初めてとなる街クラブでの挑戦。しかも約20年ぶりの現場復帰だ。
1971年に創設された中野エスペランサ。U-12とU-15、トップチームの3カテゴリーを抱え、トップチームは現在、長野県リーグ1部に所属している。長野市の隣に位置する中野市をホームタウンとし、北信地域の中では後進にあたるクラブだ。
とはいえ、練習環境だけを見れば県内随一と言っても過言ではない。中野市多目的サッカー場は夜間照明が完備され、スタンドやウォーミングアップスペースもある。雪国という特性上、冬季期間に使用できないのはネックだが、育成年代を指導するにはこの上ない環境だ。
福田氏にとってジュニアユース年代は、ヴェルディ時代も指導していた「一番得意とするカテゴリー」。ユースチームがない中野エスペランサにおいては、U-12、U-15とクラブで育った選手がどの高校やクラブユースを選ぶのか、はたまた社会人チームに昇格するのか、進路選択が迫られる重要な年代である。
その選択肢を広げつつ、福田氏には指導者として実践したいことがあった。それは「ヴェルディでやってきたことだったり教わってきたことが、いまの時代でも通用するか」という“答え合わせ”だ。結論から言えば、ヴェルディの黄金期に培ってきた経験は、20年後のいまも通用した。
「サッカーの根っこの部分というのは、いまも昔もそこまで変わりません。サッカーはものすごく単純なスポーツなので、それを無理なく、ストレスなくこなせるか。余計なことをする必要はなくて、右からもらったパスを左に出せばいい。ものすごく目立つことだったり、アクロバティックなパフォーマンスというのは必要ないんです」
その考え方の背景には、大学卒業後に読売クラブ(現・東京ヴェルディ)へ入社し、ジュニアチームを指導した際に受けた“衝撃”があった。
「右も左もわからない中でいきなりジュニアのコーチになって、6年生のボール回しが取れなかったんです。私は大学時代に「丁寧にインサイドで止めなさい」と教わりましたけど、子どもたちは私が大学で教わらなかった足の裏でボールを止めたりしていて。顔を洗ったり歯を磨いたりするのと同じ感覚で、器用にボール扱いができていました」
味方に丁寧なパスを出す。右利きの受け手には右足に出す。相手の逆を取る。これらはサッカーにおいて至極当たり前のことだが、読売クラブのジュニアの選手たちはそれを「なんのストレスもなくできていた」という。トレーニングメニューで言えば、鳥かごやパス&コントロールは万国共通。その当たり前をノンストレスでできるようにと、長野県の中学生たちに対し、徹底的に基礎を落とし込んでいった。
長野県に足りない自己主張と、生かすべき優位性
しかし、実際の試合となれば、技術だけでなく判断が伴ってくる。個人の判断はもちろんだが、サッカーは11人で行う団体競技。チームでのコミュニケーションが重要となるのは言うまでもない。福田氏は長野県の子どもたちに対し、「合ってるか間違っているかは別として、もっとコミュニケーションを取らないといけない」と話す。
「味方を動かすこともそうだけど、味方のミスに怒ることも少ないです。そういう言い合いもときには大事だし、その逆で味方が良いプレーをしたときに『ナイス』という声も少ない。サッカーはルールが決められていますけど、ルールの中でどうしていくかは言わないとわかりません」
これは「長野県に限らず、ジュニアユース年代の選手たちに欠けていること」と続けたが、長野県特有の問題点もあるようだ。
「この地域で1年やって感じたのは『長野県だから』『しょうがないよな』と口に出してしまう人が多いことです。もっと欲があってもいいし、それを口に出してもいいと思います。例えば『パルセイロの選手になりたい』『山雅の選手になりたい』とか。可能性がゼロだったら何も言わないですけど、1%でもあるんだったら、欲を口に出すことはすごく大事なんじゃないかと」
これは、長野県で2年間取材活動をしてきた筆者も感じたことだ。年代やプロ・アマを問わず、長野県出身選手の多くは自己主張が少ない。逆に県外から来た選手を見ていると、山を越えてきた覚悟もあってか、物言いがはっきりとしている。
良い意味で言えば「謙虚」だが、悪い意味で言えば「消極的」。これが教育県というルーツから来ているのか、山に囲まれているからなのかはわからないが、福田氏は長野県ゆえの強みにも目を向けている。
「県内での成功事例が伝わりやすいところはあります。例えば市立長野と長野日大が北信で良いサッカーをしているとか、松本国際に県外の良い選手が集まっているとか。都市圏だといろいろな考え方がありすぎて広まらないですけど、狭い地域ゆえに良いことが伝わりやすいのは利点です。あとは真面目なところを生かして、その良いことをやり続けられればいいと思います」
それに加えて環境の良さも挙げている。北信のグラウンドで言えば、天然芝5面を有するリバーフロントがある。そして何より、プロサッカークラブのAC長野パルセイロと松本山雅FCがある。すでに長野県はアドバンテージを有しており、だからこそ「『長野県だから』と自分たちからネガティブなことを言ってはいけない」のだ。
「この地域を盛り上げたい」。新構想の実現なるか
中野エスペランサではU-15チームの指導のほか、ヴェルディでのフロント業務の経験を生かし、クラブの広報や営業の活動にも注力してきた。例えば、中野市に校舎をもつ個別指導塾・まつがくとスポンサー提携し、選手の勉学向上や進路指導にもつなげた。また、クラブ創設50周年を機に、エンブレムやホームページの刷新にも寄与。メディアへの露出も強め、筆者も昨年、U-12とトップチームの取材に伺わせていただいた。
ヴェルディ時代と同様、指導者とフロントスタッフの両面でクラブに携わり、2022年をもって中野エスペランサを退団。「長野県のサッカー界を盛り上げたい」という野心のもと、新たな道を進むべく決断を下した。現在は本業であるファイナンシャルプランナーの仕事をしつつ、構想を練っている段階だ。
「究極形としては自分のクラブを作りたいです。自分の得意分野としてジュニアユース年代というのはありますけど、その年代の選手は3年間で完成しないし、結果も出ません。だから、ユース年代のチームと6年スパンでやれるのがベストです。あとは大袈裟な言い方かもしれませんけど、長野県のサッカーにひとつセンセーショナルなことをしたいと思っています。どこかの既存のU-18チームと一緒にやるのもそうですし、農業などと掛け合わせて何かやれないかとも考えています」
中学から高校まで6年スパンでの指導というのは、全国的にトレンドとなっている。高校サッカーで言えば青森山田や神村学園が良い例で、長野県でも2021年から松本国際の中学サッカー部が立ち上がった。FC LAVIDAと昌平高のように、クラブチームと高校がタッグを組む例もある。そのトレンドを追いつつ、農業などの地域資源も掛け合わせ、長野県にセンセーショナルを起こす構えだ。
「パルセイロにしろ、山雅にしろ、エスペランサにしろ、多くの方々の支えによってチームが成り立っていると実感しました。それこそが『おらが街のクラブ』のあるべき姿だし、せっかく乗りかかった船なので、この地域をサッカーで盛り上げていきたいです」
たった一人の友人をきっかけに始まった旅が、地域に変革をもたらす大きなプロジェクトへと進展しそうだ。